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« 日本家電メーカーの衰退 | トップページ | エピソードⅧ 手を振った夜 »

2009年2月19日 (木)

何かが変わった?

昨日までの3週間、


色んな思いが脳裏を駆け巡っていた。


障害を持った身体で、独りで生きて行けるのか?


もやもやした思いを先生に話した。

私には、自分の本心を喋れる人は、先生しかいない。


だから3週間分の思いの丈を、延々一時間も喋り続けました。


久しぶりに喋ったら、顎が痛くなり、頭痛までしてきた。



でもその後、私の中で、何かが蠢(うごめ)いた。



精神神経科には珍しく新しい患者が沢山やって来ていた。

だからいつもより待ち時間は長かったけど、

実は、すぐ隣は、眼科なのだ。


特にいつもながら、椅子は空きが無く、精神科の椅子の方にも

沢山の人が座っていた。


どうも子供の患者が多く、個人医院では不安なのか、

お母さん連れが目立つ。


昨日は、たまたま乳母車を引いた女性とメガネを掛けた子供が

隣に座った。

赤ちゃんはまだミルクを飲んでいた。


当然赤ちゃんは愚図るのだが、


私は、赤ちゃんの甲高い声が好きなので、そんな声を聞くと、ホッとしてしまう。



昔は、赤ちゃんが欲しいなぁ・・・って本気で思っていたけど、

遂に夢は叶わなかった。



先生にいろんな思いを話して、「どうすればいいのでしょう?」と

私は何度も同じ言葉を口にしていた。


先生の言葉は、いつも優しいのです・・・・・



『その時になったら考えればいい事だよ。』


それがいつもの口癖。

でも落ち着く。



私はこれまで、頭を撫でられるように、諭された事がない。


父にも母にも・・・


唯一、曾祖父だけが、私に昔話を聞かせながら、

縁側で青い空と稲穂を見つめていたらしい。



祖父は後妻と出て行き、父の母は早くに事故で亡くなった。


父の姉と妹はすでに他界し、腹違いのもう一人の妹がいる。


母は姉妹喧嘩の末、絶縁。兄はすでに他界している。


だから私には、お祖父ちゃんの記憶が殆ど無い。

母の叔父には可愛がられたが、酒癖が悪かった。



私は、歯磨きを教えられないまま育った。

挨拶も何も教えられなかった。

朝起きて「おはよう」「いただきます」「行って来ます」など

全く知らないまま小学校・中学校へ通った。


弁当はいつも自分で作って持って行った。


夜はいつも一人でご飯だったし、


「ごちそうさま」「おやすみ」も、教えられなかった為、

そういう言葉自体を知らなかった。


まるで数学の方程式のように、ただ単に使い分けるだけで、

自然にそれらの言葉が出て来ない。



だから今は、人とぶつかったら、「すいません」と、

言えるように努力している。



ほんとうに変な話・・・。






だけど昨日、何かが弾け飛んだ。


ぎゅっとキツく栓をしていた蓋が、スポっと!


外れた気がしたんだ。



やがて必ず一人ぼっちになる日が来る。


そうなった時、私は絶望的な寂しさに苛まれるだろう。


たぶん私はそれを打破するは無理だと思う。



そうなったら、等身大の中古のマネキンでも買おうかな(^_^;)

ウイッグ付きの・・・。


赤ちゃんの変わりに、小さな犬でも飼って、

ドライフラワーでも飾りましょう。




本当はずっと前から分かっていたのです。





人が何のために生きるのか?


生きる意味って何?


その答えは、ずっとずっと以前から気づいていたけど、


それが現実になるのが怖かった。


今もやっぱり怖いんだよ、今も。




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