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« 酒井法子被告に懲役1年6月、執行猶予3年の判決 | トップページ | 記憶の上書き »

2009年11月10日 (火)

薬物禁断症状

まさかその反動が、思いの外、大きいとは、

全く予想もしなかった。



遡れば、もう何ヶ月も前になる。


それまで薬を一日三回、

きちっと飲んで来た。


その為に、必ず食事を摂った。


しかし運動をしないせいか、

どうしても贅肉が付いて来る。


そこで、昼の薬を飲まないようになった。


それでも薬の効果は落ちる事もなく、

むしろ躁状態になった。


躁状態になると、

私は、買い物に走る。



勢いで、何でも買ってしまう。


買うという行為を、ひとつの目標にして、

私は何とか動く動機にして来た。


しかし、それではダメだ!


と言う、もう一人の自分が抑圧してくる。


「貯金しろよ!」



その結果、躁状態を回避する為、

薬を変えて、抑揚した気分を押さえ込んできた。


先生の処方も、

その都度変化するし、

当然、処方された薬を飲んでいるものとして、

次の処方を出してくれる。



しかし、私は薬を飲む事を、

半分怠ってきた。



そして禁断症状が現れた!



氷点下から一転、雨続きの日々が続き、

最初は、その目まぐるしい気温変化が、

原因かと思った。


とにかく、起きあがれない。


長風呂でのぼせた様な状態。


とにかく眠り続けた……



そして2日前───


突然、それは襲って来た。


牙を剥き、


頭の中を掻きむしる。



不安。

焦燥。

死の恐怖。

孤独。

悪夢。

希望の無い明日。

餓死する日。


浅い眠りの中に、無数の悪魔が現れ、


動けない身体を、よじってゆく。


落ち着かない。

無能な自分の情けなさ。

免疫はどこへ。

体力はどこへ。


私を待つ死の扉が、


そこに開いている。


ほら、足が……


夢の無い奴は消えろ!

笑えない奴は消えろ!

悲観にくれる奴は、消えろ!




これが丸二日続いた。


そして気づいた。


これは、


抗不安剤が身体から消えようとしているのではないか、と。


慌てて、抗不安剤を追加し、

飲んだ。



再び、眠りが襲ってきて、


私はただ身体を丸めて、

薬が効くのを待った───




抗不安剤を今日一日だけで、

計7錠。


合わせて23mgを飲んだ。


今、私の身体の中で、

抗不安剤が、確かに効いていると実感する。


普段、当たり前の様に飲んでいて、


当たり前のように、浮かれ気味で、

先の事なんかまるで考えてない、

そんな自分に、

少しずつ戻って来ている。



薬は、

確かに効いていたのだ。



それは新薬でもなんでもない、

古いタイプの抗不安剤。


だけど、その薬が私には合っている。




そう言えば、以前、喘息で入院した時、

運悪くその薬が切れて、

禁断症状を起こし、

怒鳴りまくっていたのを、

慌てて、鎮静剤を2本筋注されて、

個室に移された事があった。


その時は、急遽、

抗不安剤を処方してもらって、

難を逃れたのだ。



そんな記憶も、


馴れ合いとなると、


どこかへぶっ飛んで、消えるらしい。


教訓が、全然活きてない。




今、気持ちは、かなり楽になった。


自分が、どんどん非社交的になってゆく事に、


些か不思議を感じていたが、


まさか薬の禁断症状だったとは、


全く予期しない事だった。



先月末、

障害者年金の診断書を書いてもらった。


その診断書は、とても分厚い紙だった。


以前にも見たはずだが、記憶が無い。



病名欄に、「身体表現性障害」と、

ハッキリ書かれていた。


そして症状経過としては、「不明」とあった。



その時は、こんなに軽いのに、

なとど、安直に考えていたが、

それは、薬で押さえ込まれていた為だと、

今分かった。


症状は、確かに、何らの変化も無い。



だからこそ、薬を絶やしてはいけない!



今回の事で、この事実を、

改めて心に焼き付けた。


そして、薬は、一日三回、きちっと飲む。


それが、恐怖から逃れる、

唯一の方法なのだ。




そして、明日は精神科の受診日。

最近、予約が一杯になって来たので、

時間が1時間早くなった。


新患が、人気の先生に集中するのは、

以前からあった事で、

私も、その話しを聞いて、

今の先生の診察日に通っている。



私が今こうして、

何とか、入院もせず、


人生について・・・

親子について・・・

生きる事について・・・

不安と焦燥感について・・・


そんな基本的な考えを教えてくれたのも、

今の先生なのだ。



私は、両親から、

「挨拶」は勿論、生きる事とは何か、

家族とは、

仕事とは、

希望とは、

夢とは、


死とは、


何も教わって来なかった。


世の中の仕組みを、

全く知らずに育った。



誰もが話す、


「おはようございます」

「おやすみなさい」

「ただいま」

「行って来ます」


を、家庭で教わって来なかった。


だから、

私は、そういう言葉は、一旦、頭の中で作る。

それから言葉にする。


自然に出て来ない。


咄嗟にも出て来ない。



精神科の先生は、

それでもいい。


と言ってくれた。


今からでも、言えるようになれば、

それでいい、と。



だから私は、

人を好きになったら、一生懸命だ。


時に、「気持ちが重い」と言われた。


でも、私には器用に、中途半端が出来ない。





今日は、もう休みます。

抗不安剤をもう一錠飲んで・・・





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