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2011年10月16日 (日)

「地震学の大きな敗北」…地震学者は常に地震が起きた後に考える

東日本大震災での巨大地震を受け、日本地震学会は15日、特別シンポジウム「地震学の今を問う―東北地方太平洋沖地震の発生を受けて」を開いた。予測できなかったマグニチュード(M)9.0という巨大地震を想定できなかったのは「地震学の大きな敗北だ」など、学会では異例の自己批判が相次いだ。

地震と津波がもたらした甚大な被害は、被害額約16兆9000億円以上、14日現在の死亡者数1万5824人、行方不明者3847人。建物の全半壊がおよそ29万9000戸、一部損壊60万戸以上。

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あの日から7ヶ月…
地震学者は毎回、巨大地震が起こると、地震発生のメカニズムや地震の揺れの伝わり方の分析ばかりを行う。そして毎回、地震は予測出来なかったと屈服するのだ。

地震や津波の災禍から人々を救って来たのは、地震学者ではなく、土木建築学や文化史跡、物理的力学に基づくたゆまぬ経験の積み重ねである。

地震学者がいくら研究や議論を交わしても、彼らは土木や古代史や建築学には全くの素人だ。
地震は、いつ、どこで、どのくらいの規模で起こるか予測がつかない。それなのに多額の予算を貰い、研究しているのは数値にばかり頼った研究でしかない。

数値に頼った研究が、人知を凌いだと思い込み、祖先の教訓に耳を傾ける事なく、原発を作ってしまった。
福島第1原発が大津波で壊滅した時、すぐ近くの女川原発は極めて正常に停止していた。福島第1原発と女川原発の被害の違いは、設計者の独断による、地盤のかさ上げだった。


「低くては万が一の時浸水する可能性がある」と言う、建設開始当時の現場の工事責任者の判断が、女川原発を最悪の事態から救ったのだ。


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日本は古代の頃から、巨大地震が幾度も日本の大地を揺るがし、大津波は沿岸各地に襲来していただろう。
私たちの祖先は、千年以上も前から、その悲惨な大災害を繰り返さないように、後生の人々に言い伝えて来たはずだ。

『つなみてんでんこ』

地震学者が誰一人として知らなかった先祖代々語り継がれた教えは、確かに巨大地震津波から人々を救った。
代々の伝承が、データや数字、統計だけに頼っていた地震防災より、遙かに勝っていた・・・。

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東日本大震災で記録したM9.0でも、東北地方沿岸の建物には、阪神淡路大震災のように無残に押し潰されるという被害は、殆ど出なかった。民家でも十分な耐震構造になっていたのだ。

──しかし、津波の言い伝え(伝承)を聞かなかった人は、高台へ家を建てる事もなく、先祖からの教訓を無視して生活して来た。
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予測のつかない自然災害に、昔の日本人はどう立ち向かって来たのか
地震学者がこれからしなければならない事は、地震の予知ではなく、地震や津波が起きたらどうするのか?? と言うシンプルな疑問に答える事ではないのか。

津波警報が出て、間一髪、津波から逃れられたとして・・・その後どうするのか? 家は流され、電気は止まり、避難所生活が始まる・・・。しかしこれまでの防災訓練は、ただ逃げるだけに終始していた。
逃げて、助かったあとの事を全く考えて来なかった。

避難所の場所、避難生活に必要な物資は用意出来ても、家は流され、住む場所は無い。そんな事態になる事は、当然、避難訓練をすれば分かる事ではないか
命からがら逃げる、その為の避難訓練ではないのか
振り返ったとき、そこに我が家は無い・・・
何故これまで仮設住宅の事を訓練に入れて来なかったのか
何故、通信の確保の訓練をして来なかったのか
何故、流された家の替わりをどうするかを考えて来なかったのか

避難訓練は遊びではないはずだ。生きる為の訓練ではないのか。
避難したあとに襲いかかる苦難の数々に、どう立ち向かうのか、を何故今まで考えて来なかったのか


それが地震学者の仕事ではないのか・・・。

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巨大地震は又必ずやって来る。
沿岸には大津波が必ずやって来る。
そして復興には、途方もない労力と時間が必要になるのだ。



世界一の防潮堤を建てようが、免震構造のビルを建てようが、地震や津波は容赦なく襲いかかる。
歴史が、そう私たちに教えているのだ。
先人たちが私たちに教えているのだ───。


地震学者は今こそ、真剣に、昔の人の言い伝えに耳を傾ける時ではないのか。
そうしなければ、「地震学の敗北」はいつまでも続く・・・。




9月初め。
地元、盛岡の新聞社から、写真集「ありがとう自衛隊<勇士たち>」が出版され、購入した。
自衛隊岩手駐屯地の自衛隊員の活動記録集だ。

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大規模な災害が起こると、私たちはいつも自衛隊のお世話になっている。去年の冬の山陰地方を襲った大雪では、国道に閉じ込められた人々を救う為、自衛隊が雪かきをした。
勿論、屋根の雪降ろしや、遭難者の救助、地震の時の救助や、崖崩れ、土砂災害の時の土砂の取り除きなども自衛隊なしでは考えられない。

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今回のような未曾有の大災害では、陸・海・空自衛隊が総動員された。

自衛隊は何も災害派遣の為に、日頃訓練している訳ではないが、いつしか自衛隊の役割の一つに災害救援が当たり前のように日常化している。

もし東京という大都市で、大災害が発生したら、果たして自衛隊は足を踏み入れるのだろうか・・・??
がれきで埋まった道路を自衛隊の車両は走れるのか?
崩落した高速道路や、降り積もった高層ビルの塊を越えて、救助に行けるのだろうか?


しかし思ったのだ。
この写真集を見ていると、たとえいかなる困難があろうとも、人々を救う──という目的のためなら、自衛隊は動き、空を舞い、先へ進むと。

それが自衛隊員の、「予期せぬ勇気」なのだと・・・。


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