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2013年2月24日 (日)

むっくりと・・・冥帳

連日極寒の日々が続いています。
…2月の今日までで、真冬日が13日という、近年20年で最も多い氷点下日down
降り積もった雪は、殆ど溶けず、ガリガリに凍り付いているsnow
同じ奥羽山脈の麓なのに、西和賀は雪が降っているのに、ここはあんまり降らないんですが、その分気温が異常に低いのは困りもの。


パソコンに向かうのも寒く(特に足が寒い)、暖房もギリギリなので、コタツでぬくぬくしている日々。
いろいろな事が重なって、ずーっと緊張していたせいで、sleepyコタツで丸くなったまま、ボーっと天井を見て、ボーッとカレンダーばかりを見ながら、生きて目を開けて夢見心地かな。




明治の初期。
我が家の冥帳に刻まれた年齢を見ると、
一才、二才が異常なまでに多いのが、小さい頃からずっと不思議だった。
一才とは0歳で亡くなった事を意味している。
大勢のご先祖が、誕生して間もなく亡くなっているは何故なのか?
父はその事について何も話してはくれない。


南部藩から領地を頂戴し、開墾に入った当時、
この地は火山灰土で、作物がなかなか収穫できなかったと聞く。
そのため栄養不足と病気で、早くに亡くなったと、母が話した・・・。


しかしそれにしても人数が多すぎる。
と思った。


確かに、幼い頃の記憶の中に、家の裏の竹笹の木立の中に、無数の小さな墓石が建っていた。
田んぼの端々にも、やや大きめの石があり、夏になると、フキの葉のお供え物をグルッと供えて回るのが風習だった。
あれは先祖の墓石だったのだろう。
何故、田んぼの畦道に墓があったのか、聞いた事はないが・・・




今年よりも雪の多かった昭和38年豪雪の時は、曾じいさんが、除雪をしても埒がないから、雪を積んで通路のトンネルを掘っていた。
かまくらトンネルである。
そして雪が1階を塞ぐ高さになったら、雪を固めて、階段を作って家から上り下りして学校に通っていた。
その方が除雪より遙かに楽だし、氷点下なら階段は体重でくぼむこともなかった。


診察日以降、毎日毎日、そんな遠い遠い記憶を思い出していた・・・。
今ではとても考えられないくらい、自然に抵抗せずに生きていた気がする。
そう言えば、猛吹雪の夜に外に出ると、家の屋根の上から顔を出した「冷凍怪獣ペギラ」が、吹雪砲を口から放射させていたsign01
身も凍るような悪夢の光景sign03


『明日は明日の雪が降る』のだ!



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