緊張の診察日
いつから人のちょっとした注意や言動にビクビクするようになったのか、自分でもハッキリ覚えていない。
親、兄弟、親戚からは一度も怒られた事がないし、自分も誰かを怒鳴った覚えは全くない・・・。
それなのに他人の行動が気になって仕方がない時が、時々ある。
特に、次回の診察までの2週間、外出も出来ないくらい脅えている時は、あまりに神経を張り詰めてしまうので、それで疲れて眠ってしまうほど。
きっと自問自答しているのだろう・・・何故、外へ出られないのか? 外に一体何が待っているのか? 迫り来る恐怖とは何か?
しかし結局、そんなものは何も無い。
だって、ここは東北の片田舎。
そして昨日は立派に外出の口実となる診察日。
新しい先生とは2度目。
当然、まだまだ緊張で、朝はいつもより30分も早く病院に着いてしまった。
そして、緊張・緊張で落ち着かない
待っている時間が、とんでもなく長~く感じるだけでなく、冷や汗もジワジワでてくるし・・・
待合室は私ひとり。看護師さんも4月からほとんどが入れ替わったようで、馴染みの顔は一人。受付事務も新しい人が入って、顔を知っている人は一人になった。
他の診察室は、既に診察を終えたようで、もう誰も先生は残っていない。
名前を呼ばれて・・・・・
何を話したのかほとんど覚えていないが、「外に出る方法はありませんか?」と、実に妙な質問だが、とにかく訊いてみると、
「自分で出るしかないね」
と、先生が言った。
「・・・」
診察が終わって受け付けに戻ったら、ぬあんと、過呼吸を起こしてしまった
看護師さんにビニール袋をもらって、長椅子に横になりながら、深呼吸を繰り返す。
『やったな~何年ぶりの過呼吸だろう~』と、ぼんやり天井を見ながら、バッグからパルスオキシメーターを出して血中酸素濃度を見ると、75 脈拍125
相当緊張してしまった・・・
でも助かった、と思った。
『自分で出る、かぁ~』
それは実に簡単な事だと思うけれど、考えてみれば私はこれまで、誰かに『背中を押された』事がない気がする。
「頑張って」とも言われた事がない。
とにかく「励まし」の類の言葉を掛けてもらった事がない。いつも何でも、与えられた事は完璧にこなす事だけを考え、注意されるのを恐れていたせいもあるが、「注意と励まし」は違うのに、本当は掛けて欲しい「励まし」を知らずに生きて来たのかもしれない。
だから先生の言葉は、心底嬉しかった。
それはそれとして、過呼吸が収まったら、今度は頭痛がして来たので、またまたカバンから「ノーシンピュア」を出して飲んだ。
そして励まされて、ちょっと嬉しかったので、2年ぶりの初詣
去年は集落の小さな神社だったが、今年、こっちに来ようと思いながら、なかなか来られなかったので、小雨の中、お参り。
ポツポツ雨が気持ちいい
更に、面白い絵馬を見つけたので、早速、一筆お願いして・・・
「縁結美神社」って、語呂がいいんじゃないかな
しかし自分を入れて撮るっていうのは、意外に難しい
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