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カテゴリー「父母の闘病記」の記事

2016年6月 2日 (木)

入院





今年に入り、たびたび不調を口にして来た父が、手術を受ける為、本日入院。


手術は明日。




私も、5月下旬は、絶え間なく検査や診察や申請やらで、
これまでで最高・・・かな、と思うほど出歩く機会が増え、

筋肉痛と、寝不足で、気持ちに余裕が無くなって来てます。

入院した病院が遠いと言う事と、
何もかもが朝早く、暇なく目をショボショボする毎日。




今年は母の帯状疱疹での入院もあり、
又、人工関節にもなかなか慣れずに、自力で出歩く事もまゝならない日常。
リハビリへの送り迎えは、父が不調の為、今は私が送迎役になっています。


私自身も不自由な身ですが、
曾祖父の教えを守り、出来る限り、頑張りたいと思う毎日・・・。




明日はまたまた早朝から病院へ行き、手術の成功を見守ります。


2016年1月13日 (水)

入院


160101_071751


今日、母が入院した───。


病名は「帯状疱疹」。 そうだ、正に私が28歳の夏に罹患し、病院を転院しながら、計1年半もの長い期間入退院を繰り返した、あの恐怖の帯状疱疹だ!

母は今週の日曜日頃から脇腹の下に、潰瘍のようなタダレが現れ、最初は湿布負けかと思っていたらしい。
それが次第に、周辺に紅い発疹が現れ、水ぶくれになっていった。
痛みも、痒みもないものの、診てもらおうと言う事で昨日、父の通っている病院へ行くと、
薬疹ではなく、帯状疱疹と診断。

医師から入院を勧められた為、今日から1週間の予定で入院する。




母も父も、これまで帯状疱疹に罹患した事が無いとの事で、それにもまたビックリ!
体力や免疫力が落ちている人が罹りやすいと言うが、母の場合、症状は軽いようで、入院して抗ウイルス薬を点滴すれば、元気になると言うので、一安心・・・。


私が帯状疱疹に罹患した時は、ちょうど胃潰瘍で病院に入院していた時で、院内で発症・・・。

その後、すさまじい激痛に苦しめられ、痛み止めも座薬も全く効かず、肋間神経が、これでもかと言うくらい痛めつけられ、完璧に体力を奪われ、歩く事も出来ず、後遺症として十数年、顔面の疼痛に苦しめられた・・・。


極く稀に、酷い後遺症の出る人がいるとは聴いていたが、その後、身体の自己免疫反応が極端に強くなり、尋常性乾癬を発症。
その治療は今も続いている。


母は、症状としては軽度と言う事で、ホッとしている。




今年は、穏やかな元旦でした。

そしていつもより雪が殆ど降らず、現在は積雪3センチだとか。
「恒例 いわて雪まつり」も史上初の雪不足で、かまくらや雪像を作らず、滑り台とステージのみになるらしい。

雪は降らないものの、寒さは平年並みで、最近は真冬日が続いている。
ただ年末から新年にかけて、予想に反して暖かいものだから、真冬モードの身体がなかなか馴染めず、まるで春先のように眠く、四苦八苦・・・。


もしこのまま雪が微少なら、県内、今年は屋根の雪下ろし事故0が期待できそうだ。






2010年12月 5日 (日)

癌を再発させないための十ヶ条

Photo_3               子供の頃から油揚げ肉ばっかり食ってると…

1.酒bottlebeerとたばこは世の中に存在しないものと思えsign01bomb

2.良質なタンパク質は穀物riceballから摂取。(パンの場合は食パンbreadのみで、調理パンは不可ng)

3.揚げ物は一切食べない。(フライドチキンfastfood・エビ天ぷらfastfood・魚の天ぷらfastfood等)油は癌最大の敵punchsign01

Agemonotop300_2

4.乳製品を摂取する。(無脂肪牛乳・ヨーグルト・チーズ)但し生乳やバター類は油分が多い為不可。

5.トリハロロメタン・塩素・赤錆などを取り除く為水道水は浄水器を通す。

6.睡眠時間を午後11時前とする。(眠れなくても休息体勢でリラックスする事が大事)

7.今日出来ない事は明日に回す。

8.熱すぎるものnoodleは少し冷めてから食べるban(子供や老人になったつもりで考えるdanger)濃厚ラーメンnoodleのつゆは飲まない(こってりスープは店主も食べない)。

9.塩分と糖分は醤油と純粋砂糖からのみ摂取。(純粋砂糖は脳にとって唯一の栄養素)

10.おかずは少なく種類を多く。

附記:

女性は高温で料理された赤肉と加工肉を食べるのを止める。ハンバーグやフライドポテトは厳禁。特にステーキや焼き肉は以ての外。+ビールは死を招くsign01

欧米女性に乳がんが多いのは主食が肉類Photoとパンやパスタやハム燻製Photo_2 などの加工食品が殆どのため。魚を生で食べる習慣が無い

米・ヒエ・粟などの穀類を主食とする日本人が、縄文の古(いにしえ)より伝わる穀物遺伝子にとって利用出来ない食品・・・ハンバーグ等の高カロリー食やオリーブ油などの油類食材、更に脂っこいラーメンやマヨネーズ味付け食品が、近年マスコミのグルメ番組のオンパレードで激増した為、著しく米飯食が減少した。

女性に比較して男性の癌は肺がん、胃がん、大腸癌、前立腺癌とあるが女性の乳がんや子宮頸がん、子宮体がんの劇的急増より増加傾向に無いのは、男性の外食はどんぶり飯が多く、牛丼回転寿司焼き魚定食などご飯を多く食べている点にある。

子供の頃からフライドチキンやとんこつラーメン、パンやフライドポテトなどの油加工製品や、ころも付き冷凍食品が激増し、体内が酸化状態になり癌発症リスクが増大。その為若年層での癌発症が増加してしまった。

穀類に乳製品(ヤギや赤牛や馬)と日本古来からの大根・ニンジンなどの根菜類やキノコ類、そして「おひたし」や煮魚を食していれば癌体質を改善出来る。

某歌手が乳がんで亡くなった時、牛乳は乳がんの発症を増やすと言ったらしいが、米飯を三食食べていたのかは不明。又酢の物を食べていたかも不明。納豆を食べていたかも不明。豆腐を食べていたかも不明。お茶を飲んでいたかも不明。もし乳がんの主原因が牛乳なら、酪農家の女性は皆乳がんになるはず・・・。

フランク オスキー (著) ジェイン・プラント (著ジ)

これらの著者は全て欧米人。牛乳を警告する前に、肉と油を食うな!

学校給食には牛乳やヨーグルトが必ず出るが、学校給食を食べた女性が全員乳がんになったと言う話は古今東西聞いた事がない。そもそも欧米には学校給食が無い。ここでは主食は米飯。

乳脂肪を悪玉にするなら、子供にも牛乳を一切飲ませない方が良いではないか。

病院食に天ぷらや肉類、とんかつや白身魚のフライが出ないのは何故か?

病院食ではおかゆやが出るのは何故か? パンの流動食が無いのは何故か? 弱った身体に最適なのは、お粥(かゆ)の上澄み液の重湯(おもゆ)である。赤ちゃんの離乳食としても古来から飲まれて来たものだ。

入院した人なら分かるはず・・・たばこ、酒、揚げ物、肉類はダメ!! ご飯が日本人を救う!!

私たちは欧米人ではない!!

それから形状記憶ブラジャーも止めましょう。胸は多少動く事で血流が増し、乳腺炎の発症を予防するので、下着メーカーに騙されるなsign03sign03sign03

2010年5月 1日 (土)

困惑の退院

結論は限りなく灰色の経過観察。

今朝出た結論は、意外にも、肺がんとは断定出来ないと言うものだった。肺がんにそんないい加減な診断があっていいのかと疑いたくなるのだが、検査の結果は、肺がんと断定するだけの条件に満たないと言うもの。

最初のX線とCTでは、一目、肺がんの判定だった。しかし気管支内視鏡による生検では、ガン細胞は見つからなかった。病理検査で、ハッキリ白と出たわけだ。

しかしPET検査で、反対側の肺に、数ヶ所の転移ガンが見つかった。

看護婦も、その写真を見て、確信したと言う・・・、今日密かに耳打ちしてくれた。だが次のX線とCTの検査で、肺の病巣部が縮小している事が分かり、俄然、肺がんが疑わしくなって来た訳だ。CTの検査では、肝臓や腎臓、胃、腸の検査でも異常は見つからなかった。超音波でも異常は見つからない。

ではPET検査で見つかった肺の点は何んだったのか?

もし転移した腫瘍なら、CTでも見つかるはずなのに、何故映らないのか?

何もしないまま、ただ入院しただけで肺がんは縮小するものなのか・・・もしや、肺炎だったのでは・・・?

そこで経過観察となった訳だが、果たしてそんな事で大丈夫なのか?もしPET検査を信用すれば、肺がんはステージ3のbと、極めて進行した肺がんとなる。が、PET検査を誤診とすると、単なる肺炎なのか?

しかし肺がんだと断定するには、検査結果が負を示すものばかり。

まさか確認のために、開胸手術をするわけにもいかないし、もしこのまま経過観察をしていて、手遅れになる事はないのか?

現代医学において、これほど検査をしても、尚、ガンと断定出来ない事が果たしてあるのだろうか?

ガンはどこへ…

本当にガンは消えようとしているのか…?

その判断は、素人の私にはどうしようもないし……

2010年4月25日 (日)

筋肉疲労

父が入院した直後は、毎日慌しくて、それまで閉じこもっていたので動きすぎて足が痛くなった。情けない話だが、私にとってはそれが普通だったし、誰とも話さなくても、なんら苦悩も辛さもなかった。そんな暮らしを25年続けてきたのだから・・・。

しかし今回はぶり返した寒さに、母の病院通いもままならず、已む無く私は毎日車を走らせた。

買い物も。入院先の病院へも。母の病院へ・・・そして自分の病院へと、とにかくこれまで経験したことの無い忙しさだった。次第に眠りが浅くなり、朝はとんでもなく早く目が覚め、眠れない。疲労困憊していた事に、2週間以上経ってようやく気づいた。

左足の痺れが、一層酷くなった。

坐骨神経痛で、毎日寝付けなくなり、睡眠導入剤を7.5mgから10mgに増やし、中途覚醒した時のために更にマイスリー5mgを追加してもらい、抗不安剤も更に増やした。

これほど歩いたのは何年ぶり?

急性心不全で入院して以来だから、5年以上か・・・

あのときは丸一年、車椅子生活だった。新幹線に初めて車椅子で乗った。

今日は、「トリック」がテレビである。

一番好きなドラマだし、映画かも・・・

頑張れ、「山田奈緒子」「上田次郎」。フェルマーの名にかけて・・・!!

私も、頑張る。

2010年4月14日 (水)

PET検査終了

地下の隔絶された一角に、PET検査室はあった。

サイクロトロンと言う核物質を注射し、

体内の蓄積場所を突き止める。

03000

放射線管理区域のマークの扉を

いくつも抜けると、PETセンター室があった。

Pet_01

体内から放出される、ガンマ線を検出する、

へリカル型の検出装置がある場所は、

本人以外、立ち入り禁止!!

結果は、一週間後。

ただ、ただ、疲労困憊・・・・・・

2010年4月12日 (月)

告知六日目

突然のガン宣告。

それから3日間、泣いた。

自分は薬のせいで、泣けないのでは・・・・

親でも、泣けないのでは・・・・・

と思っていたが、決してそんな事はなく、止め処なく泣いた。

経過報告。

4月8日金曜日。気管支内視鏡検査が行われた。

同時に生検採取。

検査中、激しい咳のため、急遽、腰に麻酔筋注。

苦しい中、検査終了するも、麻酔と咳のため、意識朦朧。

しばらくうつろ。

その後、喀痰に血が混じり、動揺。さらに、便にも血の塊様が混入。

激しい不安に襲われる。

何度も、何度も、「大丈夫」だと落ち着かせる。

ちょうど土・日で、院長不在の為、なかなか落ち着かない様子だったが、

看護婦に諭され、ようやく落ち着く。

確かに、公式説明書には少量の血痰が出る場合がある、と書かれているが、

医師からの説明がなく、余計に不安を感じてしまったようだ。

今後の検査については、検査後の状態を医師に確認することを

徹底するとする。

本日はテレビを見て、先生の診察もあり、

平静に戻ったが、

血液中の酸素濃度がやや低いので、酸素吸入は継続する。

酸素 約90% 脈拍85前後と早い。

緊張の表れか。

酸素濃度が低いのが、気に掛かる。


午後。

自動車税の納付免除申請に行く。

昨年に続いて2回目。

非常に助かる。

それに新しく、障害者指定駐車証が、4月1日から始まったらしく、

その申請もして来た。

職員の優しさが、有難かった。

障害者指定駐車証は、

これまで、障害者でもないのに、カー用品店で障害者マークを購入。

車に貼って、障害者指定の駐車区域に、

ふとどきにも止める輩がいる事から、

新たに障害者手帳を持っている人にだけ、発行される駐車証だそうだ。

これで安心して、大きな駐車場の障害者マークのところに止められるので、

大助かり!!!!

私は、多少の筋肉痛があるものの、

不思議と大丈夫のようだ。

自分には、何も出来ないのでは・・・・・・

と悲観していたが、

ここまでは、なんとか、持ちこたえているから、不思議だ。

14日水曜日は、中央病院で、PET検査がある。

この検査で、ガンの転移があるかどうかが判明する。

2010年4月10日 (土)

パルスオキシメーター

入院三日目。

院内は土曜と言う事もあり、外来の診察は休み。外来廊下も蛍光灯が消えていた。

血中酸素濃度を気にする父に、私が日頃持ち歩いている、パルスオキシメーターを置いて来た。

Seastar_040100021

過呼吸対策として通販で購入したもので、血液中の酸素濃度を測る機械である。

病院では看護婦さんが首からぶらさげているのを、よく目にする。

手の人差し指の先を挟むと、上に血中酸素濃度、下に脈拍、その下の心拍を表示する優れものである。


トイレに行く時、酸素を外して行くと、濃度が下がる・・・と気にしていたが、それじゃぁと言う事で看護婦さんが小さな酸素ボンベを持って来て、部屋から離れる時はチューブを差し替えて下さい、と言う事になったらしいが、これでいつでも酸素濃度が分かるので、父は少し安心したようだった。


入院してみて、実は肺が、相当無理していたんだなぁと、思った。

がんばっている時は、その変化に気づかないもののようだ。

2010年4月 9日 (金)

告知二日目

想像もしていなかった。まさかの宣告。

肺ガンだ。

進行度はステージ2からステージ3。

全くタバコを吸わないのに、いきなり肺ガンの宣告は、つらい。

辛すぎる。

胸部X線の画像と、CTの画像を見せられた。

間違いなく、疑う余地はありません、と医師が言った。

診断を確定するために、今日、これから、

気管支内視鏡と、生検採取の病理組織診断を行う。

現在の状況では、

手術が可能なので、第一選択として手術。

さらに、リンパ節や他の臓器への転移がないか、

来週再び、詳しい検査を行う、と告げられた。

私はあまりの突然の事に、呆然となった。

その後、医師が色々話したが、あやふやだった。


その足で、一旦、トイレに入り、

便座に座り込んだ。

涙が溢れて、止まらなかった。

アレルギーか、喘息か・・・

それとも結核か・・・・・


そんな考えしかなかったから、

まさか、

肺ガンだなんて、予想もしていなかった。

医者に任せるしかないのだろが、

他に自分で出来る事は無いのだろうか・・・・・・・・

ただ医者の言う通りに、指示通りにしていて、


果たして、それだけでいいのか。





夕べ、恐る恐る、ネットを開いた。


肺ガンのステージ2からステージ3の

5年生存率・・・・・・


かなり低い。




無論、5年以上生きている人もいるだろうが・・・・・・・・


2010年4月 8日 (木)

父が入院

咳が酷いので、父は近くの大きめの病院に診察行ったが、レントゲン検査の結果、即入院するよう院長に言われ、そのまま入院する事になった。


明日午前にCT検査をする事になったが、父は家に戻らず、そのまま入院する事を選んだ。

おろおろする母と私。

取り急ぎ、入院に必要な物を見繕い、病院に行った。

血中酸素濃度が90%以下にまで落ちていたので、鼻から酸素吸入をしていた。
そして点滴も・・・。

車で病院に向かいながら、母が呟いた。

最近、頬がこけて来て、ちょっと痩せたみたいだったから、この機会に入院してゆっくり休んだ方がいい、と。

我が家は、私が度々入院しているので、その点は手馴れた物。淡々と必要最低限の物を持って病院に行ったのだ。

入院した病院は、呼吸器に強い院長が経営する病院であるが、お風呂は天然温泉で、いつでも入浴出来るし、デイケアセンターのロビーには誰でも利用出来る、足湯まである。

三々五々、おばあちゃん達が、診察のついでに足湯でのんびりしていると、母が話した。

新しく病棟を追加してからこの病院に行くのは初めての私は、その清潔さに驚いた。

空気が、明らかにきれいだ。


父は四人部屋に入院する事になった。

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